退屈な夜のすごし方教えます

ひとり暮らしで退屈な夜にアパートの部屋にいると、いろいろな人がやってきて退屈を紛らわせてくれた。 

新聞勧誘員の人がやってきて新聞を取ってくれと言ってくる。僕がいま別の新聞を取ってるからと断ると、そこをなんとかと言う。なんとかってなんだよと僕は思う。それ英語に訳すとしたらどういうふうに言うのだろうと、地方大学の英文科卒の僕は悩む。 

しいて直訳すれば、おまえの事情なんか知るかよ、つべこべ言わずに俺の儲けだけ考えておまえは損でもなんでも勝手にしてろ、だろうか。 

「お兄さん、3カ月だけでイイから」としつこい。僕はあなたのお兄さんじゃないし、3か月取ればどうせ新聞なんてどこもそうたいした違いはないんだから面倒でそのままってことになるだろう、とこちらの気持ちを見越して言ってるのが癪に障る。 

「じゃあ1カ月だけでイイわ」じゃあってなんだじゃあって。いつから取ること前提みたいな話になってるのかわからない。それに1か月経ってまた元に戻すとき、僕に代って全部手続きやり直してくれるのかと、そんなこと言わないけどね、絶対やってくれるわけないし。 

今度は「洗剤おまけにつけるからさ」と言われる。洗剤なんて正直もう一生分もらった。「ナイターの入場券あるよ」サッカーのならほしいけど。第一それナイターじゃなくて神宮のデーゲームのチケットだ。村上春樹かよ、と思う。 

「う~ん、じゃあさ、特別こっちの経済新聞も1週間分サービスで配達するからこれで勘弁して」いらないです。勘弁できない。 

「だったら最初から言えよな!」とキレだす。いや、最初から僕はお断りしますと言ってるし。とうとう敵はカンカンに怒って帰って行った。向かいのご夫婦が2階のベランダから顔を出し、「販売店に苦情の電話しといてあげようか」と親切に言ってくれた。お礼を言って玄関を閉める。 

入れ替わりにN○Kの受信料徴収の人がきた。「夜分遅くにすいません」わかってるなら来るなよと思う。思うけど、この人の場合は僕は最初からかかずらうのも面倒だ。こっちに追い返す正当性がないのもある。 

テレビがないと言っても開けた玄関から絶対見えてるし、音も聞こえてる。N○K見ないと言い張ってもどうせ信用しない。とりあえず1か月分払って帰ってもらう。そうしておけば不思議と当分やってこない。なぜ逆に毎月きちんと集金にこないのかと疑問に思う。 

なんとかの塔とかいう宗教の勧誘の人がくる。「明日世界を救う会議がありますから参加しませんか?」と誘われる。即お引き取り願った。 

「消防署の方から来ました」と言ってきた人は、消火器の設置が義務づけられまして、と申し訳なさそうに言った。大家さんに訊いてみてください、と答えると、いえアパートの方も部屋ごとの契約になっています、と言う。 

「いつから義務になったの?」「先月です」「あ。そう(知らなかった)。で、ちなみに1本いくらですか?」「このいちばん小さいタイプで1万円です」「1万円! ごめんなさい、いま手持ちがなくって」「そうですか、8000円におまけしてもいいですけど」「8000円もなくて」「それではまた今度来ます」消防署の人ではなくて、消防署の方から来た人は消防署の方へ帰って行った。 

受信料も払ったし、せっかくなので見なきゃ損だと思ってNHK(あ、N○Kか)テレビを集中的に見ているうちに、ついウトウトしてしまった。玄関をドンドン叩く音がする。気づくともう真夜中になっていた。 

誰だよいったいこんな夜中に。さっきの新聞勧誘員の人が苦情を言った仕返しにきたか。それともN○Kの人がいましがた見た番組分の代金をさっそく徴収にきたか。なんとかの塔の人がやはりり明日の会議のメンバーが足りないから是非参加してくれと誘いにきたか。それとも消防署の方からの人が8000円用意できましたかと訊きにきたか。 

玄関まで行こうとするが仰向けになったままどうやっても体が動かない。ドンドンと叩く音がますます大きくなる。近所迷惑だ。止めさせなければ。そのうち「兄ちゃん、兄ちゃん」と僕を呼ぶ声がする。 

僕の実の弟の声だとすぐにわかった。つい一年前までこの部屋で一緒に暮らしていたけど、教員採用試験に受かって田舎へ帰って行った弟だ。それがこんな真夜中にいったいどうしたんだろう。 

「兄ちゃん、早くドア開けてよ」そんなに急に僕に会いたくなったのか? まだ夏休みでもないだろうに。それにしても体が動かない。寝返りも打てない。そこではたと気づいたのだ。これは金縛りだ。するとあの玄関で僕を呼んでる声はもしや……。 

僕は右肩の辺りに全神経とパワーを集中させ、そっち方面に「えいやっ!」と寝返りを試みた。なんとか金縛りから生還した。たちまち玄関で僕を呼ぶ声は収まった。念のために確かめに行っても、誰もいないし誰かがいた気配もない。向かいの家の電気も全部消え、外にはただ漆黒の闇が広がっていた。 

あ。田舎に帰った弟がどうとかなったという話はその後も一切聞かないので、たぶんまだ元気に、元気かどうか知らないですが生きてると思います。いや、あいつの結婚式のときと父親の葬式のときの2回は会ったのだった。 

それだってもう15年以上前の話だ。