すれちがい-たい恋人

僕にも彼女にもそれぞれ付き合っている恋人がいた。 

彼女の恋人は大学の同じ研究室の先輩で、同性の僕から見てもルックスはそうとういい方だと思う。性格も明るそうだしやさしそうだし、着ている服やバックなんかの持ち物のセンスも、まあその辺は僕には正直よくわからない分野だけど、たぶんいいんじゃないかな。 

彼女はそんな彼にコンパの帰りに告白され、最初は戸惑って「友だちからはじめましょ」というようなことを言ったらしいが、向うもそれで構わないということになって、そうこうするうちに研究室の周りの人たちがふたりのことを恋人同士みたいに勝手に決めつけちゃったのだ。 

一方の僕の方の相手はというとバイト先で知り合ったキュートな女の子だった。僕の方から告白して両思いになった。だけど半年前にあっさり振られた。過去完了形。振られたというか、はじめから僕は二股かけられてたみたい。その相手というのはバイト先の店長だ。れっきとした奥さんがいる。 

ところが店長は二股がバレて奥さんと離婚した。それで彼女は晴れて店長の元へ一直線。失恋のショックを抱えたまま僕は学業にもバイトに身が入らず、2本立て1300円でロードショーが終わったあとの映画を上映している映画館に入り浸っていた。 

彼女とめぐり逢ったのはその映画館だった。僕が遅れて予告編がはじまってからなかへ入って行ったら、僕の番号の席に彼女が座っていた。薄暗がりのなかだったし、僕の方が間違えたのかと思って何度かチケットの半券と座席番号を確認したけど、やっぱり神様に誓ってもそこは僕の席だった。 

それで思い切って「あのう、ここ、僕の席なんですけど」と声かけてみた。そうしたら彼女が「あら、そんなはずないわよ」と言うから、僕が自分の半券の番号のところをはっきり示して、彼女も自分の番号と座席番号とを見比べて、「あ、私のいっこ後ろだった」って彼女。 

僕はホッとして、彼女が席を立つのを後ろの人の邪魔にならないように腰をかがめてしばらく待っていた。そうしたら彼女座ったままで「どうぞ」って言って笑っている。いや、そのときは彼女の顔はよく見えなかったけどたぶん笑っていた。隣の席のシートをとんとんと叩いて。 

「へ?」、と僕はずいぶんマヌケな顔していたと思うよ。どういうことか事情がよく飲み込めなくて。もう一度彼女が同じ動作をくり返して「ここ、空いてるからどうぞ」って言うまでは。 

「いや、でもあとから他の人が来ちゃうとマズイし」と出来るだけ声を抑えて言うと、「ばかねえ、こんなにガラガラなのに平気よ」と彼女は言った。「それにもし誰か来たらそのときは今度はあっち側に私たちひとつずつズレたらいいじゃない」と。私たち? いつから私たちになったんだろう。 

でも、そうしていつまでも突っ立っているのもバツが悪いし気が引けたから、僕は言われるまま彼女の隣に腰を下ろした。あとから考えたら彼女の言うとおり他にもいっぱい空いてる席はあったのにね。 

なんだったかなあ映画。1本は確か『(500)日のサマー』で、見ている最中も見終わってからも僕は感激して泣いちゃってた。彼女はそんな僕を覗きこんで笑った。「あら、この映画で泣けるの?」。でもそうい彼女の目も(たぶん)赤くなっていたと思うよ。 

でまあ、それがきっかけで、(正直言うと)僕は失恋した後だったし、彼女は素晴らしくきれいだったし、なんとなくこのまま一生再会しないまま別れたくなかったし、思い切ってすぐそばのスタバに誘ったらすんなり彼女はオーケーしてくれて、キャラメルマキアート飲んで、オレンジビスケットとシナモンスコーン食べて、映画のこと話したり、お互いのこと話したりした。 

そのとき、彼女には例の研究室の先輩がいること、恋人同士みたいに周りから思われていること、先輩のことは嫌いじゃないしどちらかと言えば好きな方だけど、それは憧れみたいな気持ちかもしれないし、恋人かというとまだよくわからない、と彼女も正直に打ち明けてくれた。「総体的にあまり深く考えないことにしてるの」 

それ以来、僕らはときどき会った。友だちとして。一緒に映画見たり、IKEAに行ったり、キャラメルマキアート飲んだり、またIKEAに行ったり。それであるとき、僕の方から勇気を出して告白したんだ。「きちんとお付き合いしてください」。 

そうしたら彼女、僕が失恋したばかりだから(といってもそのときはもう半年経っていたけど)その寂しさで目の前にいる人を(「それは私のことなんだけど」と彼女は言った)、好きになったような錯覚をしているかもしれないのよと言うんだ。 

僕がそんなことないよといくら言ってもどうしても信じてもらえなくて、それに彼女も「私の方にも、恋人かどうか自分でもはっきりしない存在の人がいるから」もう少し落ち着いてじっくり考えてみたいって。 

もしあなたの(つまり僕のことだ)気持ちが確かなもので、私も(つまり彼女のことだけど)きっぱりと自分の気持ちにけじめがついたら、そのときは東京タワーの展望台で再会しましょと彼女が言うんだ。「それまではしばらくふたりで会わないことにして連絡もなしにしましょう」 

どうしてスカイツリーじゃなくて東京タワーかというと、スカイツリーはまだそういうロマンチックな場所ではないんだって。そうなるにはもう少し年月が必要だというのが彼女の理屈だった。笑ってしまうけど、彼女にそう言われるとなんとなくそんな感じが僕もした。 

連連絡もしちゃいけないのよって彼女は何度も言うから、せめてメールくらいはと僕が言っても彼女は頑として譲らない。しつこく理由を訊いたら『めぐり逢い』という古い映画のことを話してくれた。 

愛し合ってるのにそれぞれ事情を抱えている二人の男女が、僕らと同じように(向こうが先だけどね)お互いのことをきちんと整理して一年後のクリスマスの日にエンパイア・ステート・ビルの展望台で再会しましょうと誓い合ってそのときは別れるというストーリーを。 

あっちはエンパイア・ステート・ビルで、こっちは東京タワーの展望台。向こうは全部横文字で、こっちは漢字カナ交じりだもの。 

映画が作られた時代はいまみたいな携帯電話もパソコンもない時代だったから、そういう不便さを乗り越えることに恋愛の意味と本質があったのよと彼女は言ったけど、正直僕にはよくわからない。 

ところが女の人は男の人が待ってる場所にとうとう来なかった。実は女の人は、途中で交通事故に遭っちゃって、行けなかったんだ。あとからその事実を男の人も知って、まだそのときまで二人の気持ちは変わってなかったからそこでハッピーエンドのめでたしめでたし。 

いまは、スマホでメールもラインもある。だからそういうすれ違いの恋愛はもう不可能な時代なんだ。あ、これは彼女の受け売りだけど。「すれちがわないのよ恋人同士が」って彼女は嘆くんだ。なんか、つるんとしたのっぺらぼうなロマンスしかないんだって。 

でも私はそういう「すれ違いを」やってみたいのと彼女が言うから、僕が「じゃあ、きみは僕とすれ違いたいわけ?」と訊くと、「すれ違いそうですれ違わないのがいいんじゃない。お互いの気持ちが通じ合っていれば、結局最後にはなんとかなるのよ。もしお互いが運命の人ならね」 

いや、会わない期間といっても僕らの場合はたった2週間。まあ2週間でも僕には神宮球場いっぱいの生クリームを角が立つまで泡立てるくらい途方もない時間に思えたけどね。もしかしたら彼女は単純にそういうゲームをしてみたかっただけなのかもしれない。 

というわけでこうして今日、僕は約束の時間にこの東京タワーの展望台で彼女を待っている。半分は体よく振られたのかなあと猛烈な不安感に襲われながら。事実、彼女はもう2時間も遅れているし。でも僕は待つよ。彼女が来てくれるのを何時間でも。

 

 

決めた、手紙を託すならあの人にしよう。と私は直感で思った。背のちっちゃな女の人。でも歳は私や彼と同じくらい。真面目そうだけど気は強いかもしれない。それによく見ると可愛らしい。学級委員長みたいなタイプだ。芸能人でいうと多部未華子

 

 

驚いたわ。いきなり人のこと呼び止めて、「あなた、いまお付き合いしている人いる?」って訊くんだもの。「え?」って私が訊き返したら、「恋人がいますか?」だって。「そんな人いません」と答えたら、「だったらお願いがあるの」ってこの手紙を手渡されの。 

あなたと同じくらいの歳の男の人で、とっても礼儀正しくて、意外と頑固なところがあって、意外と積極的で、あなたの誕生日にはあなたの好きなケーキを焼いてくれそうな人。どちらかといえばあなたの話を傍でいつまでも黙って聞いてくれるような人。それによく見ると意外とハンサムな人。「その人に、この手紙を渡してほしい」って。 

「困ります。第一、そんな人見つけられるわけない」と私が押し返したら、彼女が言うの「大丈夫よ、すぐにわかるから。その場にいる大勢の人のなかで一番平凡でだけどそのことでかえって一番目を惹く人だから」 

もしそれで私が見つけられなかったり、見つけれれてもなんとなく手紙を渡すのをためらうような人だったら、そのときはこの手紙を破いてそのあたりのゴミ箱に捨てちゃっても構わないからって。どうせそんなに大切な要件が書いてあるわけじゃないのよ、と彼女は言った「心配しないで」。 

「どうして直接渡しに行かないんですか?」と私が訊いたら、「私は平気で約束をやぶっちゃうような女だから。もう彼とは会わないほうがいいと思って」とそれしか言わないで、私に何度も何度も頭を下げるの「ね、お願い。一生のお願い。お願いします」 

展望台まで上がってぐるりと一周すると、すぐにあなただとわかった。私と同じくらいの歳の男の人で、とっても礼儀正しくて、意外と頑固なところがあって、意外と積極的で、私の誕生日には私の好きなケーキを焼いてくれそうな人。どちらかといえば私の話を傍でいつまでも黙って聞いてくれるような人。その場にいる大勢の人のなかで一番平凡でだけどそのことでかえって一番目を惹く人。「あ、この人だ」と私にはすぐにわかった。それによく見ると意外とハンサムだったし。 

私は勇気を出して彼に近づいていく。

 

 

 

もう2時間も待っているのに彼女は来ない。やっぱり僕はからかわれて、つまり体よく振られちゃったってことなのかなあ。と考え始めているところへ、突然見知らぬ女の人に声をかけられた。 

背のちっちゃな女の人。でも歳は僕と同じくらい。真面目そうだけど気は強いかもしれない。それによく見ると可愛らしい。学級委員長みたいなタイプだ。芸能人でいうと多部未華子。彼女はまるで宿題を忘れて教室に入ってきた小学5年生の女の子のように、申し訳なさそうに手紙を僕に差し出した。 

「あのう、これ、さっき下で、きれいな女の人からあなたに渡してほしいと頼まれてきたのですけど……」

 

 

 

僕らの運命の恋はたったいま始まったばかりだ。