夢の睡眠学習法

かつて睡眠学習法という画期的な勉強方法があった。 

なにが画期的かといえば、読んで字の如し、眠っている間に頭がよくなるのだ。はじめて雑誌でこの学習法の広告を発見したとき、こんな楽な勉強方法があるのか! と僕は小躍りした。発明した人はきっとこの睡眠学習法のマイスターに違いない、と本気で信じて疑わなかった。 

睡眠学習法の原理はすこぶる簡単だ。原理と口に出していうのも憚られるほど単純です。それは「枕をして眠る」たったこれだけ。ほんのこれっぽっち。あとは野となれ山となれ。飛んで火にいる夏の虫。 

これ以上勿体ぶらずに種明かしすると、枕のなかにカセットテープを仕込んでおく。なにも難しいことなどない。そのテープを眠っている間に再生するだけ。ひとつ面倒なことがあるとすれば、テープには自分で暗記したい内容を事前に録音しておかなければならないことだった。 

したがって一部の口さがない連中は、録音したりその準備を進める段階で自然と内容を覚えてしまうのではないか、という理論を楯に、睡眠学習法の奥義に懐疑的だった。 

しかしそういった反論もまた、確かなエビデンス(根拠)となる実践・解析結果を待たない空疎な論理でしかなかったことは否めなかった。では、眠っている間にテープを聴くとなぜ録音した内容がするすると頭に入ってくるのか。 

オーストリアザルツブルク・モーツァルテウム大学のイゴール・シュバインツ博士と彼の研究チームの実験データによれば、人間の記憶というのは、起きているときよりも眠っているときの方がその記憶の定着率が 0.78 ポイント高いのだそうだ。これは大変な数字である。 

僕なりにやさしい言葉で噛み砕いて言うと、きっと、眠っているときは神経も比較的穏やかだし、なにより脳のいちばん近いところで「のべつまくなし誰かがなんかしゃべってる」わけだから、これはおちおち寝てられないぞと脳が覚醒するのかもね。ということだ。 

肉体は眠っているのに脳だけ覚醒していていいの? 

という疑問はさておき、ただまあそうだとしても、暗記が主体となる教科を無理やり勉強しなくて助かるわーという魅力には抗いがたいものがあった。なにしろ眠ってる間に覚えてしまうのだから、英単語の暗記なんて文字どおり朝飯前になる。そのよろこびたるや果てしない物語よりも果てしなく広がった。 

たとえば「悲しい、嘆かわしい」という意味の英単語 lamentable(ラメンタブル)を、「ラーメン食べる悲しい受験生」などと強引にこじつけて覚えなくて済むようになる。単語も発音も意味も用法も全部この枕のなかのカセットテープに録音しておきさえすればよかった。 

それまで自分より学校の成績が悪かった級友が、あるときからぐうんと追いつきとうとう追い越して行った。そんなとき、あいつは人知れずこの枕を使っているに違いないと疑心暗鬼になったものである。 

ところがこの睡眠学習法、なぜかある時期を境にパッタリと廃れてしまう。なぜ廃れてしまったのか。一説にはこの枕があまりに高額すぎて一般庶民にはおいそれと手が出せなかったのではないかといわれている。僕が購入に至らなかったのも実はこれが大きな要因だった。 

あるいはなにか重篤な欠陥があったのかもしれない。寝ている間に涎を垂らすと、涎がなにかの拍子に枕のなかにまで沁み込み、カセットテープの磁気になんらかの作用を及ぼしたのではないか、とか。 

あるいはまた、寝言やいびきといった外部の騒音が記憶の定着に悪影響を及ぼしたのではないか、とか。はたまた寝屁が学習を阻害するのだ、とか。まあ寝屁は枕とは距離的にも遠いし直接関係ないと思いますが。 

そして僕がなにより密かに案じていたのが、この睡眠学習の原理でいくと、人は眠れば眠るほど頭がよくなるというパラドックスのことだ。ということはつまり、頭がよくなりたい人は始終寝ていればいいことになる。ということはせっかくの学習で身に着けた能力を生かす機会がないということになる。 

そうなっては大変だ、国家の大損失だと色めき立った(これは僕の身の危険もあるのであまり大きな声では言えないのですが)政府のしかるべき機関が、全面的にこの高機能枕および睡眠学習法そのものを封印してしまったに違いにないと僕は睨んでいる。 

しかしながらいまでもこの枕は密かに売られているのかもしれない。どこかの町の瀟洒な住宅街の片隅に闇の売人が現れて、「お客さん、いい枕入ってますぜ」などと耳元で囁かれたら、いまの僕なら一も二もなく買ってしまうかもしれませんね。