美里子さんと僕(2)

(読んでも読まなくても別に困らないと思いますが)

 

美里子さんという名前は本名ではない。本名は美里と書いて「みさと」と読む。だけど美里子さんのお母さん、つまり僕のお義母さんが、いつも「美里子」と呼んでいたのて僕も美里子さんと呼ぶようになった。ちなみに「みさとこ」ではなく「みりこ」だ。 

「ハーフみたいでしょ?」と美里子さんは照れ笑いするが、僕は自分で呼んでて、ときどき「いりこさん」とか酷いときには「ミジンコさん」みたいにも聞こえるときがある。もちろんこのことは美里子さんには内緒。 

美里子さんの名付け親はお義父さんらしいのだが、お義母さんは生まれてきた女の子を本当は最後に「子」がつく名前にしたかったのかなと思ったりもする。でも実際に確かめたことはない。 

だってお義母さんが美里子さんを「美里子」と呼ぶとき、それはアップルパイをアップルパイと呼ぶくらいとても自然だったし、まるでそういう名札を胸につけてお腹から出てきたみたいに僕には思えたから。それに僕にとっても美里子さんはもう美里子さんだ。 

美里子さんと僕はいわゆる職場結婚みたいなものかもしれない。「みたいなものかもしれない」というのはまたずいぶんと回りくどい中途半端な物言いだが、要するにこういうこと。僕は出版社の孫請の物流会社で働いていて、美里子さんは、うちの親会社、要するに出版社の子会社で働いている。 

苦笑。我ながら説明が下手過ぎてわかりにくい。あ、そうか、そうめん流しみたいにふつうに上流から下流に向かって順序良く言えばいいのか。えーっと、美里子さんは出版社の子会社の物流管理会社で事務員をしていて、僕は美里子さんがいる会社の子会社で現場作業をしている。うん、これでよし。 

そしてお互い所属する会社は親子ほど違えど(実際!)、同じ職場で働いている関係には変わりはないというわけだ。もっとも結婚してしばらくたって、僕の勤務場所の移転でいまは職場も変わった。 

まだ付き合いはじめのころ、お互い住んでいたのは東京の西の端と東の端だったから、会社帰りに最寄り駅のホームの一番端っこで、今日は右端とか左端とか符丁のような合図で待ち合わせして、お互い家に帰るのにわりと都合がよかった飯田橋のラムラという駅ビルのドトールでよくお茶をした。 

よほど雨や雪でも降ってなければ、たいがいは外のテラス席で、まわりに気兼ねなくお互いのことをゆっくり話し合った。コーヒーを飲みおわり座っているのにも飽きてくると、今度はそこから市ヶ谷~四谷方面まで外堀の土手沿いの道を散歩した。夜の土手を。といっても人通りはけっこう多い。 

春はこの辺り見事な桜並木になる。そのときは、休日の午前中からやはり飯田橋で待ち合わせ、桜の下をなんども往ったり来たりした。やわらかな風が吹くと桜の花びらが一斉にハラハラと舞って、美里子さんの帽子や僕の癖毛の上に落ちてきた。 

外堀には手漕ぎボートも出て釣堀にはたくさんの釣り客がいた。釣りはそっちのけでのんびり日向ぼっこをしながら本を読んでいる人の姿もあった。 

歩き疲れたら途中のベンチで美里子さんお手製のから揚げ弁当を食べた。「から揚げは揚げ具合だけ確認すれば味の失敗がないのよね」と美里子さんは言って、「僕はから揚げ屋の息子だからから揚げにはうるさいよ」と僕は言った。 

ときには反対方面、水道橋~お茶の水秋葉原まで中央線の高架下を歩くこともあったが、とにかく毎日仕事が終わって疲れているのに歩いて、歩き疲れたら休んでコーヒーを飲んでまた歩いた。歩きながらケンカもした。 

美里子さんも僕もアルコールがダメだというせいもある。食事は食べたり食べなかったり。軽くサンドイッチで済ませることもあれば、ガードレールに腰掛けて屋台のたこ焼きをフーフー言いながら鳥みたいについばみ合うこともあった。ちっともおしゃれじゃない。 

村上春樹さんの『ノルウェイの森』でも、主人公のワタナベノボルが直子と東京の町をよく歩く。「だいたいひたすら町を歩いた。ありがたいことに東京の町は広く、どれだけ歩いても歩き尽すということはなかった。」と、「僕」であるワタナベノボルは回想している。 

話はちょっとそれるが、小説が映画化されたのをDVDで美里子さんと僕は家のリビングで見たけれど、美里子さんは僕をワタナベノボル役の松山ケンイチにちょっと雰囲気が似ていると言ってくれたことがある。 

ただし、世の中にワタナベノボル役の松山ケンイチとワタナベノボル役の松山ケンイチではない男の2種類しかいないとしたら、僕はどちらかといえばワタナベノボル役の松山ケンイチに似ているのだそうだ。そう美里子さんは真面目な顔をして言った。彼女はよくそういう言い方をする。 

そして「私は世界中の女が直子か緑の2種類だとしたら、どちらかといえば緑かな」となんだかサバサバしたように言った。 

もう少し話は逸れたままにしておくと、緑の父親が死んだことを電話で告げられ、「何か僕に出来ることはある?」と訊いたときの松山ケンイチさんの言い方と声のトーンは本当に鳥肌が立つくらいよかった。 

おざなりな同情や恩着せがましさが微塵も顔を見せず、さりとて他人行儀な冷たさもない。とてもやさしそうで穏やか。実はこっそり僕も練習してみたけれど、美里子さんと僕が知り合ったときは既に美里子さんのお父さん、つまり僕のお義父さんは亡くなっていたので、練習の成果を発揮する場面はめぐってこなかった。 

ごめん、話を元に戻す。二人だけで初めての外で会ったのは、というのは会社の外でという意味だか、美里子さんの友人、というよりは歳も上だしお姉さんのような存在でもある由香さんの旦那さんの写真展に誘われたときだ。由香さんの旦那さんの大蔵さんは、プロのカメラマン。 

そこで僕はいきなり由香さんと大蔵さんに引き合わされ、写真展がはねたあと4人で食事に行った。どうやら美里子さんが前もって段取りを組んでいたらしく、その夜の食事会は僕の品評会の場だったと後で知った。美里子さんが「どうだった?」と僕のことを由香さんに尋ねたところ、「いいんじゃない。原石みたいな人で」と言われたそうだ。 

それを聞かされて僕は、どういうふうに答えていいのか正直言葉に詰まった。でも結局のところ、なんの取り柄も無さそうな田舎者だと思われたんだなあと自分では納得した。百歩譲ってもピュアとか将来性があるとか、いわゆる磨けば光るという本来の意味ではないだろうなあと。 

まあ実際そのとおりなんだしね。 

 

 

 

※シリーズ(2)となってますけど、でもまだシリーズとして続くかもしれませんし、続かないかもしれません。

村上春樹ノルウェイの森』(講談社文庫 1991.4)からの引用があります。