10025歳の私

幽体離脱はなにも特別なことではない。誰でも、かどうかは知らないけれど私は意識して練習したら自然とできるようになった。はじめのころは離脱した魂がすごい力で体に引き戻されそうになったり、時間もせいぜい1~2分のごく短い間と、なにかと制限があった。 

でもいまはわりと自由に着脱可能だ。お気に入りのローラアシュレイのパジャマを着たり脱いだりするくらい簡単。そうして大好きなチョココロネを頬張りながら口の回りをチョコレートでいっぱいにして(魂なのに!)、ベッドで気持ち良さそうに眠っている自分の肉体を(ほんと肉の塊!)アンニュイな気分で見下ろしている。 

なにも特別な感傷はない。眠っているだけの自分の体はあまりに無防備すぎて、いま天井裏から忍者に襲われたら一巻の終わりだなあとか、「あ、ニキビが」とは思うけれど、それ以上には美しいとも醜いとも思わない。 

ただ、こうして幽体離脱している間は身の回りのことならたいていどんなことでも願いが叶うから、私はいつもチョココロネを食べることにしている。といっても、ほんとうは味も匂いもわからない。音も聴こえないし痛みだってない。あ、正しくは音は離脱の瞬間まで聴こえる。 

知らない人はよく、スーッと音もなく魂が肉体から引き剥がされるイメージを抱くかもしれないが、実際には、コーヒーメーカーがドリップの終りに最後の蒸気を噴き出すときみたいに、「シュコワー」という、案外大きな音をたてる。それもたぶん私にだけ聴こえる音。 

そしてそのままゆっくり上昇していって、気がついたらどのあたりかで浮かんでいる。思わずゆっくりなんて言ったけど、スピード感もほとんどないし、具体的に部屋の天井を意識することもない。飛んでいるとか移動しているという感覚もない。気がついたらどのあたりかに浮かんでいる。で、自分を(肉体だけの自分を)見下ろしている。 

噂によると、練習次第ではどこへでもどこまでも行けるらしいのだ。でも私はせいぜい自分の家の屋根の上くらいまで。人が死んだら四十九日間はあの世へ行かず、自分の家の屋根の上かその周辺をさまよって、地獄の閻魔大王の呼び出しを待っているそうだけど、私の幽体離脱もそんな感じかもしれない。まるで屋根の上のバイオリン弾きみたいに。 

仮に遠くへ行って、そこでもし万が一迷子にでもなって元に戻れなかったらと思うとぞっとする。幽体は離脱しても決して羽目は外さない。「それが私のポリシーです」なんて。本当はただ度胸がないだけ。そういうところはふだんの私とまるで同じで、だからなにひとつ特別なことはしない。私はチョココロネがあればそれでしあわせ。 

それに、私はそうやってちょっと離れた場所から私自身を見下ろしているのがわりと好きなのだ。 

たとえ幽体離脱したところで私も私の周りの世界もなにひとつ変わらない。美しくもならなければ破壊も進まない。一日かけて一日分、一年かけて一年分私は未来へタイムスリッフしている。ただし朝目覚めたあとは異常に疲れる。一晩で一気に100歳くらい歳をとったみたいな気がする。だとしたら私の年齢はとっくに10025歳を越えている。