基盤交換

テレビが故障した。テレビを買った電気屋に電話して事情を話せば、翌朝メーカーから直接電話があり、「サービスマンが本日の午前11時前後にうかがいます」と人間の声が音声ガイダンスのようにそう告げた。 

「修理とかになるんでしょうか?」と恐る恐る訊ねると、「原因はわかっておりますので」と取り付く島もない。「持ち帰りになるのでしょうね」とまた訊くと、「基盤の交換で済むと思います」とあいかわらず無機的な返事がくる。まるできれいに洗ったジャムの空瓶と会話しているみたいだった。 

「うーむ。どうもこれは同じような症状がうち以外でも発生しているようだよ」と、私は妻に大事な秘密を打ち明けるように囁いた。修理には私が立ち会うことにして、妻はそれまでテレビまわりを整理整頓しておく。ついでに部屋にも念入りに掃除機をかけクイックルワイパーをかけた。 

そうこうしているうちにメーカーのサービスマンが、ほぼ約束の時間どおりやってきた。やや太りじしのいかにも人のよさそうな男だった。彼は青いハンドタオルで汗を拭き拭き、さっそく修理に取り掛かってくれると言った。ところが作業着の胸ポケットからメガネを取り出そうとした拍子に、片方のレンズが外れてフローリングの床にコロンと落ちて半円を描くように転がった。 

「あ、チクショウ」と彼は自分の不注意を小さく罵って、素早く拾ったレンズを元どおり器用にはめた。それからものの30分もしないうちにあっさり基盤交換は終了した。「終わりました」と彼は折り目正しく言った。どうやら思ったとおりの故障原因だったようだ。 

傍でサービスマンの彼の仕事ぶりを一部始終見ていたら、修理時間の大半を自分の汗を拭くことに費やしていたふうだった。室内はエアコンをつけていたのでずっと中にいる分には快適だが、外からやってきた人にはやや高めの温度設定だったかもしれないと、あとから気の毒に思った。 

「電気屋さんにはこちらから連絡した方がいいですか?」と私が訊くと、「書類がまわりますからその必要はないと思います」とサービスマンは慇懃に答えた。私も丁重に礼を言って、あらかじめ用意しておいた冷たいペットボトルのお茶と微糖の缶コーヒーを持ち帰ってもらった。 

メーカーのサービスマンというからいったいどんな人がくるのかと心配していたが、存外感じのいい人でよかった。誠実そうで、愛想がないわけではないが、よけいなお喋りなどせず黙々と作業をする。汗を拭う時間は余分だが、なにも彼を時間で雇ったわけではない。それに、と私は思った。 

感じの悪い人には、いくら家電の修理のためとはいえあまり家の中に上がってほしくはない。 

基盤交換の一件以来、ときどきテレビに話しかけると向こうからも返事がくるようになった。子どもたちがそれぞれ家を出て独立し、毎日妻と二人たいした会話もなく、寂しさを紛らすように私はよくテレビに向かって話しかけるようになっていたらしい。たびたびそれを妻に指摘されていた。 

はじめは私だけがテレビの中の人の返事が聞こえるのかといくぶん不安に思っていたが、どうやら妻にもその声は聞こえるとわかりホッと胸を撫で下ろす。しかも、近ごろでは返事がくる頻度が少しずつ増しているような気もする。そればかりか、向こうから私たちに話しかけてくることさえある。 

こころなしか家の中に賑やかさが戻ってきたようだと妻もよろこんでくれる。 

それもこれもあのときの基盤交換のおかげに違いない。青いハンドタオルのサービスマンには私も妻もとても感謝しているのだ。本当にいい人に来てもらってよかったと。