短髪の臨床検査技師

見るからに大男だった。頭を短く刈り上げた、まるで室伏広治アーノルド・シュワルツェネッガーのごとき臨床検査技師が僕に「お名前をフルネームでお願いします」と言って「金井告です」と僕が答えると「アルコール綿に被れたことはありますか?」と男が訊き再び僕が「ありません」と答える。 

男は僕の腕を駆血帯できつく縛り上げエゴノキの葉の葉脈の中の維管束を探り当てるように注射針を刺し込む部位を測るとそこを消毒綿で念入りに消毒した。「親指を中に入れて軽く握ってください」と男は昏い声で言った。霊柩車と道ですれ違ったときのように、と僕は思った。 

男は急にその風貌と似つかわしくない口ぶりで「ちょっとチクッとしますよ」と言い僕は顔をそっぽに向けぎゅうっと目を瞑り「ああ、いよいよだ」と覚悟を決める。間髪を容れず注射針が静脈に突き刺さる。あらかじめ用意された何本もの採血管に次々と僕の血液が抜き取られていく。 

男は、人間ではない。 

かといってもちろんヴァンパイアでもない。男は宇宙人だ。見るからに大男なのはその方が目立って逆に人間に怪しまれないことを彼らが(彼らと呼べればだが)知っているからだ。彼らは人間を実によく研究している。宇宙人は小さな容姿をしているという我々の固定観念を逆手にとり、むしろ少しだけ疑念を抱かせるためにわざと大男のナリをしている。 

本当に隠したい論点をごまかすため、あえて小さな矛盾点を見せる人間の姑息な政治家たちと同じ手口だ。でも僕は騙されない。いや騙されないぞと思ってみても、なにしろ駆血帯で縛られ静脈に注射針を刺されたこの状態ではもはやなすすべもないが。 

そうして僕の体内から本来の検査に必要な分量とは他に1本だけ余分な血液を採血管に抜き取り、赤血球や白血球の数、血小板、コレステロール中性脂肪、ヘモグロビンA1c、γ-GTPや血清アルブミンクレアチニンなどなどあらゆる数値を徹底的に調べるつもりだ。 

もちろん僕がどんな病気に罹ってどんな治療をすればいいかを親切に指導してくれるわけではなく、僕のような大人しくて無能で怠惰な人間(地球人)とはどんなものかというサンプルを集めているに過ぎないのだ。 

男はそのサンプルを彼らの星に持ち帰りまもなく彼らがこの星を攻めてきたとき無為に殺さなくても危害がない生物について、つまり使い方次第で彼らの手足の爪の先ほどの役に立ちそうな人間(地球人)を冷徹に見極めようとしているのだろう。 

採血の途中、別のテーブルの上の何かを誰かが床に落としたらしく(あるいは誰かの無為な抵抗だったのかもしれないが)ガシャーンと決して小さくない音がして一瞬だけ僕はビクリと縮み上がった。 

その瞬間、大男の臨床検査技師が彼の星に持ち帰る血液サンプルのデータが良くない方に(あるいは悪くない方に)少しだけ誤って採取されたかもしれないと僕は思った。