「短歌の目」みなさまの作品感想(7月)

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今回も、第5回「短歌の目」7月に参加されたみなさんの、それぞれ題詠十首のなかから、僕がもっとも好きなお気に入りの一首、どうしても気になる一首、というのを選んでみました。全員分あります。前回やった好きな短歌10選というのは個人的な気持ちの変化で今回からやめますね。

なお、くどいようですが、僕自身は短歌をはじめてまだ2ヶ月にも満たない、初心者もいいところだということを頭のなかから絶対追い出さないでください(数はムダにたくさん作りましたが)。なので、今回も作品の優劣とか出来がいい悪いというテクニカルな話ではなく、ただ僕が好きで面白いなあと思ったものを選んだだけです。

実際読んでもらうとわかると思いますが、僕がみなさんの歌を読み、超勝手に想像を膨らませて歌の状況や背景などを解釈したものもたくさんあります。というかそんなのばかりです。あまり現実と違う、その解釈は間違ってる、とお怒りのかたはどうぞ遠慮せずクレームをつけてください。それなりに対処を考えます。

他人の作った歌の感想を書くというのは、案外自分にとってもリスキーなことで、まず結果が自分に跳ね返ってくるだろうし、相手を怒らせてしまったりするかもしれない。それでも今後とも歌を作っていく上ではすごく勉強になるので、これだけは僕が参加する限りは続けていこうと思っています。

全員で僕を除くと40名のかたが今回は参加しています。なのでそうとう長い感想になりました。もしアレの方は、ご自身の分だけでも読んでいただいて「ふ~ん」と思ってくださればそれで十分うれしいです。

tankanome.hateblo.jp


以下、「短歌の目」6月題詠、本サイト掲載順で――。

 

 

  

片鱗カフェ(id:usaurara

白蓮のその白練の花弁ならとりこぼしなどしないだろうか

白蓮が白い蓮のことなのか白木蓮をさすのか迷いましたが、まあどちらにしても花の開き具合といい白練の鮮やかさといい、こうやって詠われてみると、なにとはわからないけれどきっととりこぼしはしないだろうなあと思わせる神々しさを感じますね。白い蓮ならば、宗教的なイメージも伴ってことさらそういう雰囲気があるかもしれません。きれいな歌だと思いました。

 

 

チャイ(id:xacoux

後悔がないと言えないこの夜に流れる歌は線香花火

「線香花火」という歌の歌詞がわからないと本来はこの歌全体のイメージもつかみにくい欠点がありそうですが、でもまあ線香花火ですから。儚く終わってしまうイメージは誰もが等しく共有できる。そういう歌を聴きながら、自分の失くした恋のことでも作者は思い出しては、「後悔がないと言えば嘘になるなあ」とちょっぴり感傷的な気分に浸っている様子が垣間見られるようですよ(^^)

 

 

本の覚書(id:k_sampo

ペティナイフ彫りし手相に迷いおる駱駝は瘤のプールに溺る

申し訳ないですが、歌の意味はさっぱりわかりません。作者ご本人のなかではもちろん確かな(あるいはおぼろげな)意味があるのでしょうが。まずペティナイフで一拍置くのかそれともペティナイフで自分の手相を彫ったというのか、そこがもうわからない。そのあとに続く駱駝の瘤も僕には正直解釈不能です。が、全体を口に出して読んでみると、なんか小気味よいリズムがありますよね。誰にでも一読意味がわかる歌もいいですが、こういう不思議な感性を備えた歌もそれなりにいいもので、この作者には是非この線で今後も突っ走ってほしいなあと無責任に思いました。

 

  

何かのヒント(id:ankoro

償いのため甲虫は無言の刑 四億年を祈り続ける

これもたぶんカブト虫が太古の昔、なにか悪いこと(神さまの逆鱗に触れるようなこと)をしてそのため無言の刑を受け、それ以降ただひたすら四億年間祈り続けている、という意味の歌なのだと思います。そしてそういわれてしまうと、なるほどカブト虫というのはそういう造形に見えなくもないから不思議ですよねー。こういうふうに、何かを別の何かに見立てて考えるのってとっても楽しい。(自分で)上手くハマった! と思ったときは、跳び上がらんばかりになります。

 

 

マトリョーシカ的日常(id:kyokucho1989

めくるめくるが抜けている白いまま単語帳もう放り投げ夏

「めくるめくるが抜けている」の意味が僕的にはややあやふやなのですが(他人の作った歌ってだいたいがそんなものですよ)、要するに全然捲ってなくて白いままの単語帳、ということでしょうか? そして「もうそんなの放り出しちゃえ、夏だし! プール行こう、海行こう!」というヒャッホーな気分、やけっぱちな気分がダイレクトに伝わってくるところが好きです。最後の「夏」の一語が効いてる。でも大丈夫かなあ、受験……。

 

 

hyacinth(id:hyacinthus

幼虫の身のやわらかさこんなにも薄い世界の接点として

幼虫の身のやわらかさは実感としてたちどころにわかります。こんなにやわらかくて、この決してやさしくはない世界でやっていけるのか。それを世界の接点という言葉で言い表しているのが面白いし作者独特の感性でしょうね。「こんなにも薄い」が幼虫の身のやわらかさのことなのか、それとも世界のことなのか、少し迷いましたが、これ接点そのものが薄いと言ってるんですよね? 脆そうとか、儚そうとか、頼り無げだとか、そういう意味かと。違ってたらごめんなさい。

 

 

ゆれるスカート(id:yureru-skirt

虫なんか怖くないけど 怖がれる練習しておく 弱くなりたい

これは一読すぐに理解できる。作者の(あるいは架空の人物かもしれませんが)いじらしい気持ちがそのまま出ていてすごく好感もてる。でも「弱くなりたい」という言葉の裏側には、本当は弱くなりたいわけではなくて、こういう私の気持ちを察してくれる人がどこかに現れないかなあ(実際にはもうそばにいるのかもしれないが)、という焦れる気持ちもあると思いますね僕は、絶対。あ、僕は虫怖いからダメですよ。

 

 

なめこの言い分2 (id:mika3kan)

虫のいいアナタと戯れ キスをして 許すかわりにちゃんとイカせて

さすがに僕のようなおじさんにこの感覚が正直わかるかといわれるとNOかもしれませんが、でもセックスをきちんと感情とは別次元で捉えてる女性の実感がとてもよく出ていていいなあと思いました。この割りきり方に却って清潔感を覚えます。僕は逆立ちしたって作れない歌ですし、こういう若い女性の歌に直に触れられるというのは(なんかいやらしいいい方になってますが、そんな意味ではもちろんなく)この「短歌の目」に参加してよかったなあと思うところです。もういいや、次いこう。

 

 

みかづきいろ(仮)(id:sakura_i

飛び立てず ヤゴはヤゴのまま流されて プールの水は透明なり

いまはどうなのかわかりませんが、夏のはじめに上級生がプール掃除をする決まりになっていて、秋から冬、春と水を溜めっぱなしになっていたプールは緑色に濁り、そういうなかにはミズスマシやゲンゴロウやヤゴなどのいきものがが生息していたんですよ。ヤゴは羽化してトンボになることもなく、大掃除のため一緒に排水溝に流されてしまう。そういうちょっと切ない気持ちと、入れ替えが終了してすっかり清々しく透明になったプールに張られた水、その対比が際立っているなあと思います。

 

 

感情迷子中のあんずです。(id:ikurazu

庭先の小さく揺れるすずの花 咲き散る頃は梅雨のはじまり

すずの花というのはおそらく鈴蘭のことなのだと思いますが、鈴蘭はほんとうにひっそりと庭の片隅の、それもあまり日当たりがよくない場所に咲きますよね。白い可憐な花で、鈴の名前がついてるのがよくわかります。開花期は4~5月あたりなので、だいたい咲きおわるころにはそろそろ梅雨の声が聞こえてきます。作者は、そういうスケッチをしていながらもしかしたら、同時に自分自身を可憐で控えめな鈴蘭になぞらえているのかもしれないと思いました。どうなんでしょうね。ははは。

 

 

たまには文章を書かせてください(id:nigaichocolate

ああわかるあいつって漂白剤を飲んで育った感じの人だね 

これも一読すべてがわかる歌です。そしてわかりすぎるくらいに面白い。お見事。たまにいますよね、潔癖で身の回りをいつも整理して清潔に保っている人。というかそれに命かけてる人。それを「漂白剤を飲んで育った感じ」と表現するのはさすがです。もっとも自分の世界だけがそうならそれは誰も口出しすべきことではないのでしょうが、他人にも同じような潔癖を強いるのはちょっと勘弁してほしいなあと思います。この人の歌では、他に、ぬばたまのゾンビが甦る歌も面白かったです。

 

 

 さらさら録(id:negi_a

子どもらはタオルケットのプールにてクロール25m目指す

僕も子どもころは、畳の上でオリンピックの水泳選手にでもなった気でクロールを50メートル泳いで(なんと!)世界新記録を出したりしてました。畳の上では擦れて痛いので布団の上でやった、という人も多いでしょうね。ここではタオルケットというのがいかにも可愛らしくっていいです。ぐっときました。まだ小さなお子さんなのかなあ。しかも25メートル。学校のプールを泳ぎ切ることが当面の目標というか夢なのでしょうか。そのときの光景が目に浮かぶようです。

 

 

今日の良かったこと(id:ryo71724

梅雨空を 眺めてため息 片手には 今日も使えぬ プールバッグを

やはりプールの歌です。こっちはさきほどのタオルケットのプールのお子さんより、もう少し大きなお子さんでしょうか。せっかく楽しみにしてたプール開きなのに、朝学校のしたくついでに窓から外をながめたら今日も雨。きっとこの分では水泳の授業も中止だろうなあなんて、プールバック片手に恨めしそうに溜め息をついていますね。実際には天気に、つまり晴れとか雨とかに関係なくプールの水の温度で判断するそうですが、梅雨寒とか梅雨冷いう言葉もあるとおり、この季節の雨は春が来る前に戻ったのではないかと思うくらい寒い日もありますからねえ。

 


まわりみち(仮)(id:platypus0114

赤青黄緑が染みる白い山 甘く冷たい氷の美味

最初、赤青黄緑が染みる白い山っていったいなんのことだろう? と思ったのですが、その次に「甘く冷たい氷」ときて、そうか、かき氷のことを詠ったものだったのかと合点がいきましたよー。赤はイチゴ、ブルーはブルーハワイ? 黄色はなんだ? パイナップルかな? レモンだレモン! 緑はメロン。なるほど白い山ですよねかき氷って。前にも書きましたがこういう見立てって面白いです。まあそのぶん難しいんですけどねー。あと、初っ端からいわゆる「赤青黄緑」なんてカマシテ読み手を驚かせておいて、でもリズムはちゃんと五七五のリズムになってるところに感心しました。

 


言葉を咀嚼する虫(id:chmi_bluebird

裏表紙きみのくちべにいろのウサギが眠ってる上司の手帳

不思議な歌です。実は人物関係がはっきりしない。私に対して君がいて、君と私の上司がいる。私は君のことが好きなのにまだ打ち明けられないでいる。そういう状況で、会議か打ち合わせの席でふと上司の手帳が見え、その裏表紙にうさぎの図柄があり、そのうさぎは眠っている。しかもだ、そのうさぎは君がいつもつけている口紅の色と同じ色のウサギだった。――というような非常に意味深な状況を勝手に僕は想像してひとりドキドキと楽しんでしまいました。ひょっとしたら全然間違った解釈かもしれなくてそっち方面でもドキドキしてますが、是非作者の自作振り返りを読んでみたい(ような怖いような)。

 

 

漢前女子と言われ続けたい。(id:ryokuchai

目の中に飛びいる虫よ 僅かの水を見つけたりとでも言うのか

虫が目のなかに飛び込んでくるのはほんと何故なんでしょうね。偶然にしては頻度が高いような気がします。作者がいうようにほんの僅かばかりの水を見つけているのだとしたら、虫の嗅覚(というのかなんというのか)すごいし怖い。というような素直な歌として読んでもいいだろうし、ふつうはそうかもしれませんが、僕が思ったのは、もしかしたら作者はなにか悲しいことがあって泣いた後だったのではないかということです。悲しいことというのは失恋なのでしょう(勝手に決めつけてる!)。そういう状況の歌だとしたらもっと深い歌になりそう。あ、もちろん失恋が作者の実体験だといってるわけではありませんよ、あくまでも創作ですから架空の話だとしてもノープロブレムです。

 

 

このこつちのこ、虚構の子(id:imada-natsuki

ぶつぶつと手をすりあわす老婆あり 雷鳴だけが轟く晴天

これも不思議な歌。僕は不思議な歌けっこう好きみたい。老婆がぶつぶつと手をすり合わせているのはいわゆる「雨乞い」? だとしたら面白いなあ。しかもちゃんと遠くの方で雷鳴が轟く音がかすかに聴こえてきた。まだ上空は憎いばかりの晴天だけどね。いまは梅雨の真っ盛りだからそうでもないけど、これから本格的な夏になり、何日も何日も雨が降らず水不足で断水、なんてことになったら、本当にこういう雨乞いをしてくれる老婆にお願いしなくちゃならないかもしれない。それでも雷まではなんとかなっても、肝心の雨には至らないところがね。恨めしそうに晴天を見上げながら。

 

 

意味をあたえる(id:fktack

この前の小島信夫の小説に出てきた話「白衣の女」

まあこれだけの材料では歌の真意はわからないでしょうし、作者はそういうことすら最初からまるで期待してないというか放棄して超然としているふうにも見える。小島信夫の小説というのもおよそ同じようにそれが果たして小説と呼べるものかというていの小説で、だいたい毎回同じようなことをグダグダ書いています。保坂和志さんなどがずいぶん持ち上げていますけど。だけどそれをいったらノーベル文学賞大江健三郎さんだって似たようなもので、毎回おなじような話を延々と書きつづけているわけだし。「白衣の女」が実在の小説であるというのは僕は知っていますが、読んだことはない。それだけの歌なのに、「白衣の女」があることによって全体が非常におさまりがいい感じがするのはなぜなんだろうなあと、つい考え込んでしまいます。

 

 

のほほん気紛れ詩歌い(id:tenpurusan

兜虫 生態知らずに曲作り 自由なaiko 欲しい感性

読んだとき思わず吹き出しそういなりました。たしかにaikoさんの「カブトムシ」という歌の歌詞は、冷静に読むといったい何を言ってるかよくわからないし、だいいち生態知らないどころか、もうカブトムシほとんど関係ない。あなたのあまい匂いに誘われたわたしはカブトムシなんだと言ってるだけだもの。それだけのためのカブトムシ。たったそれだけでタイトルにまでなっている。カブトムシじゃなくてもカナブンでもよかったのに。でもこれ大ヒットしたし、聴くと耳に残るいい歌なんですよねー。甘くせつないね。aikoさんの自由な感性、まさに僕もほしい。そうやって歌を作りたい。

 


世界は今日も簡単そうに回る(id:mah_1225

赤い手帳 びっしり幼い字で日記 世紀の恋をしてるかのような

なんといっても「世紀の恋をしているかのような」がいいですね。効いている。手帳を予定表としてではなく、日記として使ってる人は多いみたいですよ。好きな人のこと、偶然どこで見かけたとか、思い切って話しかけちゃったとか、はじめて手をつないだ日のことやはじめてキスした場所がどこそこだとか、そういうの夜書いてるときは気持ちも昂ってるしテンションも3割増しくらいに高めだけど、まず翌朝見ると1割くらいは減って、後から見返すとたまらず赤面してしまうような内容だったりしますよね。しかしながら、そういう手帳というのはなぜか捨てられない。客観的にはいたって普通のありふれた恋でも、本人にすれば、まさに世紀の恋の記録だから!

 


学校というコンクリートの塊にいれられて(id:tanpopotanpopo

私だって飲まなきゃやってられないと 買ったすず音は少し甘いね

すず音というのがお酒の銘柄なのだということは飲まない僕にもわかります。ですが、実際すず音というお酒を飲んで知っている人がこの歌を読むともっとよくこの作者の伝えたい気持ちがわかるのかもしれません。その点僕はちょっと残念です。けれど、そんな僕でもここは飲まなきゃやってられないや、と思うような出来事は日常たびたびありますよ。作者もふだんはお酒は楽しく飲みたいと心がけているのでしょうが、たまには飲まなきゃやってれないような日があって、つい買い物ついでにすず音買っちゃったのでしょうか。すこーし辛めのお酒を求めていたのに、口にしたら案外甘かった。それでがっかりした気持ちもあるけど、ひとくち飲んでなんだか落ち着いたようにも感じているのではないでしょうか。

 


ライティング・ハイ(id:yama-aki1025

雷に打たれて消えるその前に話しておきたいこともないけど

この歌、別にたいしたことも目新しいこともなにも言ってない(スイマセン)。「雷に打たれて消える」は、本当に消えてしまという意味ではなく、たとえ雷に打たれていますぐ消えてしまっても、くらいの意味でしょうね。もしそうなったとしても、その前にとくべつ君に話しておきたいこともおかなきゃいけないこともないんだよ、という。達観しているようでいて、最後の「けど」が僕的には非常に気になる。けど、なんなのか。作者も実はよくわからないのではないか。けど、に続く言葉。けど消えたくないなのか。けど君と別れるのはつらいなのか。そういう言葉を模索してるちょっとモヤモヤとした感情がこの「けど」に図らずも(狙いどおり?)出てしまっていて僕は面白いと思ったのです。

 


バンビのあくび(id:bambi_eco1020

チリチリン 小さなすずが 弾む音 君は笑顔で ただいまと言う

どこにでもあるごくありふれた光景。学校から帰ってきたお子さんのランドセルについたすずの音がチリチリンとして、その音から少し遅れてお子さん本人の笑顔が現れる。いつものように「たたいま」という声。その笑顔、その声を聞くだけで、「ああ、よかった」と親はなぜかホッとします。というかその前のすずの音を聴いた時点で、作者は既に少し安心しているんですね。そういうなんてことない感情なんですが、でもいちばんキラキラとした感情が直接そうと言い表さず、この歌の全体から醸し出されているように感じました。この歌、好きですねー。

 

 

乳飲子を小脇に抱えて(id:kazaguruMax

ローソクの灯りを消してぼくの持つ花火のいのちをきみにうつして

楽しかった花火も気づいたらもう最後の1本になってしまっている。きみが手にしたその最後の1本に火をつけるため、ぼくはローソクの火を吹き消し、自分の持っている花火の残り火を、消えてしまわないようそおっときみの花火に移していく。なんだか書いていてアホらしくなるくらいロマンチックな光景! ですが、(笑)こういうのに憧れる人は男女問わず多そう。かくいう僕もこういう世界決して嫌いじゃないです。ちょっといまプロフィールを見たら育休中とのこと、乳飲み子を小脇に抱えてそれどころではない毎日が(スイマセン)目に浮かびますが、頭のなかでだったらこんなロマンチックな情景いくら想像しても自由ですからね。短歌ではそれができる!

 

 

harasanpo(id:harasanpo

もう一度一緒に買いに行きたくて アイスキャンデー当たってないフリ

冷静に考えれば、当たったアイスキャンディの棒をもってもう一度(彼と)一緒にアイス買いに行けばいい。その方が得だし。のはずなんですが、自分だけ当たったという事実が彼に知られるのが、ほんのちょっと申し訳ないような後ろめたいような感じがして、それで咄嗟に当たったことを黙っていようと決めた。その微妙な揺れ動く気持ちが素晴らしいですよね。ステキです。もちろん彼も(彼か?)そんなことくらいで怒ったりいじけたりするような人ではないことはわかっているんだけど、つい当たってないふりをしてしまうところがきゅんときました。僕はおじさんですが。おじさんだってきゅんとなるのだ。

 

 

六月に雨が(id:amenomorino

人知れず印をつけることもなく 手帳にはもう 秘密はないの

「もう 秘密はないの」というくらいだから、以前には秘密はあった。それは恋人のことだったかもしれないし、仕事のことだったかもしれない。でもいまはもうない。そのことを少し寂しがって懐かしく思い出している作者の気持ちがよく出ているなあと思いました。結婚されたんですかね。お仕事も辞めたのかもしれない。そういう事情はもちろん僕には知る由もないわけですが、九分九厘それに近いような状況(あるいはを創作して)を詠んだ歌だろうと考えます。家族のことや家族行事を手帳に書き込むのに秘密の印なんて必要ないですもん。気楽なようでいてやはりどこか一抹の寂しさはありますよねー。夫婦のあいだでも、少しくらいは秘密があった方がいいのかもしれないです。なんて。

 


妄想七号線(id:sociologicls

手帳には予定目標ポジティブに 愚痴と本音はネットに流す

この方からも手帳の歌を。とっても面白い歌で、なるほどなあと変に納得してしまいましたが。手帳というのはいわば表の顔、そっちではあくまでもポジティブな自分をセルフプランディングして、愚痴と本音の部分はネットの海に流すと。いまどきの若い人(という言い方は嫌われるのでしょうが)の考え方が非常に鮮明に出ているのかなあと思いました。いかにも現代(イマ)ならではの歌ですよね。ただ、最近は「忘れられる権利」なども主張されているように、ひとたびネットに流れたものは結果的にあとから削除したくてもそれはとても骨の折れる作業となり、代償も決して小さくないそうですから、いっそ、愚痴と本音を手帳に書いて、ネットではその逆の振る舞いをした方がいいのかもしれません。

 


緋綸子の雑記帳(id:hirinzu

先生の白衣に透けたTシャツのロゴ読む私の心臓の音

今回もし一作だけ最優秀賞を僕が選んでいいとしたら、間違いなくこの一作を選びます。歌の出来が上手いかそうでないかはこの際横に置いといて、その上で、僕はこの歌すごーく好きです。好きというのは、つまり僕自身がこういう歌を作りたかった、作りたいという憧れや少し妬みも混じっています。白衣にドキドキしたりすることはあっても(あるのか?)、その下に透けたTシャツのことまであまり病院では考えないし、ましてそのロゴですからね。しかもそのロゴ読んでいっそうドキドキなってる。可笑しい。可笑しいというか可愛らしい。聴診器でも当てられてるときだったら、心臓の音それで聴かれると思うと、どうしようないくらいドキドキ鼓動が激しくなって。素晴らしいですよ。この方、次のアイスティーの歌も、すずの歌も、そうとういいですよ。

 


このはなブログ(id:hana5521

アイス溶け手に滴るも知らんふり 「はんぶんこ」笑む幼き白ひげ

白ひげが可愛らしいですねー。小さいお子さんはまだアイスクリームを上手に食べられないから、どうしたって手もベタベタになるし、その手でまたあちこち周りのもの触るものだから、親としては油断もできなくてしょっちゅうイライラしてしまいます。しかも本人はそんなことどこ吹く風と悠然とアイスを舐めている。でもふとそんなときに「はんぶんこ」といって、手に持っていた舐めかけのアイスクリームを差し出されると、もうたまらずぎゅーっと抱きしめたくなる瞬間かもしれません。もっとも手はベタベタだし口の周りには溶けたクリームがベッタリ白いひげのようについてるから、まずそれきれいに拭きとってからですね。抱きしめるのは。そしてはんぶんこのアイスをほんの一口だけ食べさせてもらってまた返す。それで「はんぶんこ」ですから。

 


歌うおかあさん(id:naoco

老姉妹離れ離れに暮らしても好きなアイスは変わらず同じ

決して作者本人のこととは限らないでしょうが、少しだけ老いた自分たち姉妹は、長いこと離れ離れに暮らしている。ふとした用事で電話をしてさまざまな身の回りの出来事を報告し合っているうちに、なぜだかアイスクリームの話題に及んで、お互い好きなアイスクリームが同じ銘柄のものだと知る。知るというか、おそらく姉妹が子どものころから、二人はいつも同じアイスを好きになっていたのでしょうね。いまは十分大人になったし、それまでの人生はお互いいろいろ苦労もあったでしょうし、それぞれが他人だった人と結婚して一緒に暮らしているかもしれないし、住んでいる場所だって違う、なのに不思議と好きなアイスだけは(ほんの些細なことだけど)変わらず同じだという。さりげないふうに詠まれた歌ですが、静かなエモーショナルを感じるとってもステキな歌だと思います。

 

 

ちょっとナオ帳(id:naorhythm

コンビニの 和風スイーツ 白玉の 決め手は個数 3つより4つ

ははは、これも面白い歌。些細な些細な決めての歌。でも人間って本来こんなものだという真実がここには隠されているような、いや隠れてないか、余さず出てる。人間の業ですかね。和風スイーツを食べたいがどこのコンビニのにしようか、せぶんのがいいか、ろーそんがいいか、ふぁみまのにしようか、それとも近くのスーパーのにしようか。いろいろ検討した結果が、なんと白玉の数。白玉の数って銘柄によって違うんですかね。それに和風スイーツって、白玉の数(というか白玉の味より)餡の味が本来決め手になるものだと僕は個人的には思いますが。世の中にそうではない人がいてもぜんぜん構わないけれど、それにしても人間ちっちぇーなー(笑)

 

 

DAILY OKAPPA(id:okappasan

里帰り。花火仰ぎ見、盛り返す。都会でしぼんだ三十路の心

僕もいわゆる都会と呼ばれるところに住んでいるのですが、都会は都会で生きていくの、けっこう大変ですものね。いろいろと見栄も張らなきゃいけない、田舎者と思われないようによか。そのくせ周りは案外素っ気なくて(というか冷淡で)孤独感はますます増大していく。一緒に暮らしている家族のこと、仕事のこと。ストレスは知らない間に溜まってくるのかもしれません。そんな折に、夏休みに帰省して、たまたまその日は故郷の花火大会の日だった。それだけでも懐かしいのに、学生時代仲のよかった友人たちとも会って他愛無い話も弾んで、そんなちょっとしたことでも気持ちって盛り返すんだ、と作者は感じたのでしょうか。まだそうやって盛り返す故郷がある限りは、大丈夫ですよ。

 


泡沫サティスファクション(id:zeromoon0

ばあちゃんにもらったすずがダサいから引き出しにしまう もうそれっきり

ばあちゃんにもらうすずは確かにダサい。そんなもの鍵や携帯やバックにつけてたら友だちに笑われる。だからそのときはありがとうと礼を言ってすぐ机の抽斗にしまってそれっきり使われることはない、すず。なんだか悲しいようなせつない感じを僕は覚えました。本人は、ちょっと悪ぶって「それっきり」なんて言ってますが、本当にそれきいりだったらそれを覚えていて歌になんかすることはないわけで。まったくの創作かもしれませんが、そうだとしてもこの作者はやさしい人なんだろうなあと思います。ばあちゃんにもらったすず、その在りかはいまでもどこの抽斗か覚えていて、実際手にすることはなくても、ずっと心にひっかかったままなんでしょうね。机の中で鳴ってる。

 


イグアナガール(id:Temaribana

七色のアイスを交互に舐め合って 並木道通り 無言で歩く

七色のレインボーアイスという実物があるのでしょうか。ともかく、それを交互に舐めあって並木道を歩いている。まあアイスを舐めあえるくらいの仲だから、性別はともかく恋人同士には違いない。わかっているのはそれだけです。僕がいいなあと思うのは、最後の「無言で」というところ。信頼し合ってるのか、ことさら話すようなことも特にないのか、落ち着いた感じが伝わってきますよね。安心感と言い換えてもいい。アイスを舐めあえることよりも、この無言でいられる仲ってことが大切。絵になる風景だと思いました。

 


きょうこのごころ(id:kyoukonogokoro

どうやって生きればいいか分からない余白に見えぬ独り言書く

これも一読せつない心の歌でした。叫びのような。そして僕もこういう気持ちよく理解できます。もちろん個人個人によって考えることは違っているので、僕が誰かの気持ちを完全に理解できると考えるのは傲慢なことなのでしょうが、それでも、わかるー、と叫びたくなりますよ。若いときは特にそうですよね。僕くらい歳とると諦めちゃうけど。余白ですよ。具体的に手帳でも日記帳でもただのノートでも読んでいる最中の本でも、あるいはそういう具体的なものでなくても、そこらの空間でもともかくその余白部分、に、しかも奥さん、見えない文字で(消せるボールペンじゃないですよ)、さらに、独り言ですよ。なんかたまらなくせつないなあ。負けないでくださいね。

 


Qの箱庭(id:Qingum

ゴロゴロと雷鳴部屋に木霊する まだ二時間目の途中なのに

なんか気になる歌です。入門書をいくつか読んだかぎりにおいて、この歌はイメージのヒントとなる題材がいくぶん足りないような気がします(スイマセン)。雷鳴がこだまするという状況はまあわかる。そして今がまだ二時間目の途中であるというのもわかる。でも、その二つの関係性がよくわからない。どんなに想像しても僕にはわかりませんでした。二時間目の途中だったら「どうなのか?」のヒントがない。雷が鳴るのが早すぎて困ってるのか、雨は夜だといったから傘もってきてなくてどうしょうかと。あるいは午後から雨だと都合がわるいのか、だったらそっちを優先したのになあという別の予定でもあったのか。それで後悔してるのか。本当はそれが想像できないのはマイナスかなあとも思ったのですが、この歌に限っては、「まだ二時間目の途中なのに」が妙に気になります。何度も何度も口の中でくり返しこの歌を呟いていると。なんだ二時間目の途中って。すげー中途半端な時間。単なる学校の教室がその一瞬だけ、異次元世界への扉が開くような、なんとも不思議な空間に思えるのは僕疲れてるんですかね?

 


M氏はホメて欲しいだけ(id:zmajp

これ不思議 システム手帳 紙製品 全てがアナログ どこがシステム

可笑しい。たしかにそうだ!  紙を追加したり抜いたり全然システマチックじゃない。だって全部手作業なんだし、作業の指令も自分の脳が出してるわけだしね。もっともそれ以前のどうにもカスタマイズしようがない手帳に比べたら、素晴らしくシステマチックに見えたのは確かですけどね。そうやって考えるといまスマホで手帳の代用してる人も多いでしょうが、スマホのどこがデジタルなの? といわれる時代がやがて来るかもしれませんねー。バブルの頃なんて、枕くらいの大きさと厚さのシステム手帳振りかざして仕事してた人が僕の周りにもわんさかいましたけど、そのほとんどの人は、仕事ができるわけではなく、人づきあい、つまり世渡りが上手な人でした。手帳にはそういう予定だけがびっしり書き込まれていたに違いない、とひそかに思ってましたが。

 


有限な時間の果てに(id:popoon

書き込んだ 手帳のなかに 旅程をね まだ先だけど すでにわくわく

自分の気持ちを素直になんの装飾もなく詠んだ一首です。この方、全体的にそういう素直な歌が多い。旅(といわないまでも旅行でもいいのですが)、それだけでもなんとはなしに旅情を誘うものだし、それがまだ少し先の夏休みの旅行とかだと楽しみも百倍になりますよね。わくわくする。具体的なことはまだいっさい決まってなくても休みだけはどうやら無事とれそうで、手帳のその期間に「旅行」と書き込むだけでなんか半分くらいはもう旅行に行った気になります。で、その日程を中心にその前後半月とか一か月の予定を埋めていく。ときどき仕事の予定を見るふりをして手帳の旅行の文字を見て、ひとりにんまりしたり。いいなー、うらやましいなー。

 

 

きまやのきまま屋(id:kimaya

我先に手を伸ばすから 逃げられる 虫取り網さえ 持たず生きてく

実感のこもった歌。自分ではわかっているけど、こういうクセというか性分はなかなか改めることはできないですよね。あとから来る人や、そっと様子を窺っていた人に結果横取りされて、それで損ばかりしてきた。それに冷静になって考えてみたら、虫取り網さえ用意してなかったのだ。そりゃあ逃げられちゃうよなあ、というため息が聞こえてきそう。でもこの作者とこの歌がステキなのは、それでもこれからも私は虫とり網さえ持たず、正々堂々まさに素手のまま生きていくんだ、という前向きな決意がこの歌には込められているように思うからです。もっとも、いちばん大事なものはすでに素手で捕まえているのかもしれませんね。

 

 

majyonaa's blog(id:majyonan

ぬばたまの 夜には夜の声を聴く ラジオの向こう 変わらないひと

 これわかるなあ、夜には夜の声聴くって。昼間のラジオが似合う人と夜のラジオが似合う人が不思議といて、どっちがいいとか悪いってことじゃなくて、それで夜に聴くと「ああこの声だあ」って妙に懐かしいような感じになる。あと、ラジオの声からその人を先に知ってしまうと、あとからテレビで顔を見てもなかなか馴染めなくてずっと違和感抱えてたりしてね。久しぶりに夜、ラジオつけてみて、昔よく聴いていた懐かしい人の声を聴くと、当時のことなんかを芋づる式に思い出してきゅーんと胸締めつけられるくらいせつなくなりますよね。あ、後半ほとんど僕の思い出話だった。それから、パンツの歌が多いなあと思って数えてみたら2首しかなかった(笑)次回からは遅刻しないように!(卯野さんに代って。なんの資格もないんだけどね)

 

 

 

――以上です。もし万が一漏れがあるようでしたら当人はもちろん、どなたか気づいた方お知らせください。重ねてお詫びしますが、かなりの部分で僕の勝手な妄想が炸裂しています。もちろん短歌が全て実体験を詠んだものではないことは承知の上で、あえて作者の身の上に起こったことだと想像して解釈したものもありあます。いろいろと失礼な不愉快なことも書いてあるかもしれませんが、どうかお許しください。

クレーム等ありましたら、連絡いただければ、ただちに削除なり訂正するなり対処します。みなさまが今後とも楽しく短歌を作るのを邪魔することは僕の本意ではないので。 最後に卯野id:macchaunoさん、スイマセン毎回こんなよくわからない感想で、でもこういう場を提供していただいて心から感謝しています。

 

あ、そうそう(と白々しく)「短歌倶楽部」というはてなグループを作っています。現在参加者は15名ほどですが、いつでもみなさんの参加をお待ちしています。僕は基本的に毎日短歌を投稿してますが、一日おきでも、一週間に一回でも、一か月に一回でも、思いついたときに不定期でもいいので、歌を作りたい、誰かの歌を読みたいなあ、というかたはぜひどうぞ。

とくべつな活動はありませんし、キビシイ縛りも、難しいルールもありませんよ。参加希望者を僕が選んだりすることも当然ありません。どなたでも自由に出入りしてください。ただ、短歌を作ったり、読みたくなったときにはいつでも(少なくとも)僕がそこにいる、っていうだけの小さなグループです。うざいでしょうが。

 

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